エラン ドール 賞!
エラン ドール 賞は日本映画テレビプロデューサー協会が1年を通して最も活躍して将来有望な新人俳優に贈られる賞です^^エランドール賞は昭和37年から毎年開催されています。今年2007年は劇団ひとりさんや上野樹里さんが受賞されています。毎年とても楽しみです☆功名が辻 (4)
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千代の苦悩 |
ついに土佐一国一城の主となった一豊。
権力を持って変わってしまった一豊を何とかしたい千代。
物語はいよいよクライマックスになっていきます。
全く予備知識がなかったため、最後はとても意外な展開でした。
千代の苦悩とリンクしていく自分がいるのが分かります。
司馬遼太郎の筆がよく走っており、脱線もいい意味で楽しく、最後まで一気に読むことができました。
大河ドラマにも期待しています。
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ついに国もち大名に |
最下級の侍から関ヶ原後には土佐24万石を得た山内一豊とその奥方千代が主人公.才能に恵まれている訳ではないが小物でもなく,その律儀さが幸運を呼び,千代と二人三脚で功名を得ていくという話.
最終巻では,関ヶ原を経て一豊はついに土佐24万石を拝領する.しかし変な驕りがでてきたり,千代を虚脱感を感じることに.夢を見て邁進している時と夢が叶った時のコントラストが面白く,また教訓的でもある.一豊は才能に恵まれていた武将ではなかったが小物だった訳でもない.いわば中流の武将で,中流なりに最善を尽くして戦国時代を生き延びた人だと思う.謙虚になり,他人の意見を常に求め,うまく取捨選択をするという,至極当然なことをおそろかにせず地道に続ける重要性をあらためて教えてくれる.
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痛快物語の結末は… |
私は最初、司馬遼太郎はこの物語で、山内伊右衛門一豊の妻にばかりに評価が集まる世評に対し、信長・秀吉・家康に仕え一国の主となることができた伊右衛門の、一見凡庸だが粘り強く実直な人間性を描こうとしたのだと思いました。夫を傷つけずに諭す聡明な妻と、彼女に諭される夫の掛け合いや対比を、ユーモアを交え暖かく描き、夫が功名を得てハッピーエンドへ向かう…。
しかし物語終盤の土佐入城後から、伊右衛門に対する描き方が突き放したようになっていると感じます。そして終章における、夫の下す判断に対する妻の〈成功とはこれであったか〉という虚無感―。
プロセスは痛快な出世物語と読めるこの小説の寂しい結末が、作品の価値を貶めることはないと思いますが(むしろ逆)、そうした議論とは別に、この小説がもとは新聞連載小説であったことを考えると、作者が当初から考えていた結末だろうかと憶測させるものがありました。それぐらい伊右衛門の描き方が急に変わってますから…。
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クライマックス!「サラリ」とした描写がとてもいい! |
いよいよ「関ヶ原の戦い」です!
家康が勝つかどうかは極めて微妙であったことがよくわかります
緊迫する司馬さんの文章力は本当に「素晴らしい!」の一語
またこの巻では3回くらい泣かされるシーンがあるのですが
どれも決して重くなることなく「サラリ」としています
6万石から24万石に加増された一豊がおこなう
峻烈な虐殺は たいへん「気の毒」な話です
人間には「分相応」というものがあるんだな
ということをこの物語を通して学ぶことができました
幸せに向かって歩く道のりこそが「幸せ」
ですね!
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司馬遼太郎さんは |
意外な人に脚光をあて小説を書く。しかし読み終えた後はなるほどとおもわせるのだ。考えてみれ信長・秀吉・家康、そして三百年続いた歴代の徳川家に仕えてきた山之内家の藩祖の物語である。やはりドラマが歴然としてあるのだ。
主人公千代の勧めで山内一豊が金十枚で豪華な馬を手に入れ、次第に出世していったという逸話がある。本書でももちろん見てきたかのような場面でコマをすすめている。史実にない逸話であるという論議も多い。しかも本書解説によると司馬本人は「この話は作り話かもしれないねー」と屈託なく話してるという。この作り話かもしれない逸話を逆手にとってさらにおもしろく、まるでタイムマシンで見てきたかのように描いていく。これが司馬文学の真骨頂なのだと思う。
家康から一豊が四国の領主にすることを告げられた時、読者である僕も千代と一豊とともにさわやかな涙がでました。
主人公たちに同化してしまう物語ですね。


